代表 黒田喜久よりご挨拶

1999年6月。

東京・箱崎にあるロイヤルパークホテル、チャイニーズレストランの一室で私はこんな質問を投げかけられました。

「300年後の証券市場はどうなっていると思うか?」

正直、そんな事考えたことも無いものの、たぶん普段思っていたことを一気に答えたのだと記憶しています。ただその一気に答えた中身は全く覚えていないのですが。
その時、私の目を見て私の話をじっと聞いてくださっていたのはソフトバンクグループ代表 孫正義社長でした。
食事が終わりかけたころ孫社長から「一緒にナスダックジャパンを創り証券市場を変えよう。君しかいない。」というお誘いを。

二つ返事をしたあと、当時サラリーマンをしていた会社を即刻退職し、2週間後には箱崎の当時ソフトバンクの本社・社長室に向かっていました。

私の想像では、「ナスダックと言う大事業をやるのだから、立派な組織があるのだろう」というもので、期待を胸に初出社。

ただ、最初に目にしたのは想像とは違い「君しかいない」という孫社長のお言葉どおり、まさに私しかおらず、「あの言葉、リアルだったんだ」と。しかし、これがさらにエネルギーとなり、ナスダックジャパン立ち上げ時には構想、人事、広報、戦略、立案など文字通り幅広くこなしました(というより一人なので。

立ち上げからしばらくし、孫社長が「ナスダック・ジャパン・クラブ」構想を打ち出し、私はその責任者となりました。

孫社長と出会い、お誘いいただきたのは私にとって本当に人生の転機となりましたが、最も有益だったのは、日本で一番スピード感があり、また、世界で最も優れた経営者のもとで経営を直視し、それを『経験』できたことでしょう。

体制が整ってくるなかで、ナスダックジャパン社の社長に就任されたのは佐伯達之氏(日本アイ・ビー・エム株式会社取締役副社長、IBM Corporationアジア・パシフィック・パーソナル・システ ムズ・グルー プ統括責任者等の要職を歴任)です。

佐伯社長のものでは、全国の1万人以上の社長という方々とお会いさせていただき、その後の『人脈』という点でまさしく大きな『財産』を作っていただき、この二人の大社長のもとで経営を学べたというのは感謝しかありません。

ナスダックジャパン市場は2002年に米国NASDAQが撤退を決定し消滅しましたが、私たちがベンチャー市場構想を仕掛けたことで、マザーズが出来、また、店頭市場もJASDAQ構想が加速したことを考えれば、誇れる仕事をしたと自負しております。

当時のベンチャー精神は私の発奮材料となり、翌年に日本初の株式上場専門の証券会社を創るため「IPOプランニング株式会社」を設立。

ただ、証券会社を作ると威勢よく会社をたちあげたものの、証券会社を設立するには最低資本金1億円という壁にぶち当たり、また、株式上場を手掛けるための引受け資格を財務局から取得するには最低資本金5億円というとてつもなく高いハードルがあり、スタートベンチャー企業にとっては大きな障壁でした。とはいえ、私の志は簡単にあきらめることなく「日本には大手証券会社が主幹事業務をするが、彼らはまず採算重視とする。もっとベンチャー企業が資本市場を利用できるようにするには、ベンチャー型の証券会社が必要だ!だから私に投資してほしい」と、まさに売り物は『夢と志』というだけで資金確保に奔走しておりました。

当然「夢と志」しか売り物が無い私の挑戦は困難の連続でしたが、ナスダックジャパン当時の『財産(人脈)』に助けられ、7億7千万円の資金を集めることができたことで証券会社ライセンスを申請。2003年11月に「IPO証券株式会社」として証券業務を開始することができました。

IPO証券は社名の通り新規株式公開を主戦場としたビジネスモデルであり、2005年には幹事入りランキングで12位まで躍進しましたが、転機となったのはライブドア事件後に証券取引所が新規上場承認を事実上中断したことが打撃となったことです。

私の選択は2つ。「会社を売却するか」あるいは「さらに増資をして踏ん張るか」。私の社長としての決断は『株主利益の最大化、事業の継続、従業員の雇用』という3原則に基づき2008年に会社譲渡を決意。結果、私は会社を去りましたが、同社は現在もFX専門のアイネット証券として存続しております。

さて、当社の社名にIPOがついているのはIPO証券当時からの名残であり、当時からお付き合いさせていただくお取引先からはこれが私の代名詞のようになっているからです。

IPOとは新規上場を意味しますが、実際は新規上場のお手伝いだけではなく、業務としてむしろ「上場会社のファイナンスアレンジメント」や「M&Aアドバイザー」、また、「インキュベーターとしては自ら資本参加して事業を立ち上げと、私自身がベンチャー起業家であり、経営者であることを経験に、現在も数社の取締役として参画しております。

喜びを分かち合い、感動を共有する。たった一度の人生だから挑戦する意義がある。

この想いを大切に、100年先に続く仕事をしたと思っております。
 

IPOキャピタルパートナーズ株式会社
代表取締役 黒田喜久

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